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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)727号 決定

決  定

東京都品川区大井南浜川町千八百五十四番地

抗告人

田中清堯

右代理人弁護士

天野亮一

右抗告人は、東京地方裁判所が同庁昭和三十五年(ヲ)第三、八〇五号執行の方法に関する異議申立事件について昭和三十六年十月五日なした決定に対し、適法な即時抗告の申立をしたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は「原決定を取り消す。本件異議申立を却下する」との裁判を求める旨申立て、その抗告の理由として、末尾添付抗告理由書及び同補充書記載のとおり主張した。

本件記録編綴の仮処分決定(記録第一一丁)不動産仮処分調書(記録第一五丁ないし三〇丁)の各謄本によれば、次の事実が認められる。すなわち、抗告人は原決定末尾添付目録記載の建物(以下本件建物という)の敷地の所有権に基いて、本件建物の所有者である柏熊恒及びその賃借人である田中幸夫こと金仁玉に対する建物の収去及び退去による土地明渡請求権の執行保全のために、右両名を債務者として東京地方裁判所に仮処分の申請をなし、昭和三十四年十一月十日「右債務者両名の本件建物に対する占有を解いて、債権者(抗告人)の委任した東京地方裁判所所属の執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として、債務者等にその使用を許さなければならない。但しこの場合においては、執行吏はその保管にかかることを公示するために適当な方法を採るべく、債務者等はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」旨の仮処分命令を得て、翌十一月十一日右仮処分の執行をなし、執行吏は債務者金仁玉に本件建物の使用を許した。その後執行吏は同年十二月十四日抗告人の申請により点検した上、債務者金仁玉が本件建物内に設置されていた舞台を全部とり外し、小部屋を作るために間仕切りを施して、その一部に畳を入れ、また外部に一部増築を施す等、本件建物の現状を変更し(その具体的詳細については原決定理由の六枚目表九行目「ひるがえつて」から七枚目裏一一行目「関係を明らかにした」まで、を引用する)、上記仮処分命令に違反したことを理由として、本件建物内にある同人占有の物件を戸外に搬出し、本件建物に対する同人の占有を解いて、建物の外廻りなどすべての部分を釘付けとなし、本件建物を執行吏の保管に移す執行をなし、さらに昭和三十五年十二月二十二日にも同一の理由により、本件建物内に在つた債務者金占有中の物件全部を屋外に搬出し、同債務者を退去せしめて、完全な空家とし、各出入口を閉鎖した。

上記趣旨のいわゆる占有移転禁止の仮処分命令がなされた場合に、執行吏は債務者の現状変更を理由として当然に債務者の不動産の使用を禁止し、その退去を強制することができるかどうかについては説がわかれ、実務の上においてもその取扱がわかれているところである。

抗告人は、執行吏は国家よりの授権に基いて目的不動産を管理しているもので、その占有は執行吏の職務としてなされる公法上の占有であるから、執行吏はその職務については一々裁判所の指図を受けるものではなく、自己の判断と責任においてこれを遂行し得るのであつて、その占有に対し侵害があつたときは、これを全面的に排除することができると主張する。

民事訴訟法第七百五十八条第二項により不動産仮処分の方法として保管人をおく場合に、その保管人となるものは必ずしも執行吏でなければならないものでなく、私人であつても差支えがない。上記占有移転禁止の仮処分においては、執行吏がその保管を命じられるのが通例であるけれども、右不動産の保管を命じられた執行吏は、その本来の職務である仮処分命令の執行々為として目的不動産を保管するものではなく、執行吏規則第三条の規定に従い、裁判所の命令によつて本来の職務以外の事務としてその保管を行うものと解するを相当とする。そして、その法律上の地位は不動産強制管理の場合における管理人の地位に類似するが、仮処分命令により債務者に目的不動産の使用を許すべき制約を受けるのであるから、その趣旨に従つてこれが保管を行うべきものである。

上記仮処分命令について執行吏としてなすべき本来の執行々為は、目的不動産に対する債務者の占有を解くことをもつて一応終了し、その後における執行吏の占有は、上記保管人としての地位においてなすものと解するを相当とする。もつとも、上記仮処分命令は請求権保全のためになされるものであるから、右執行吏に引渡す執行々為が終了しても、本執行までは継続するものであることはもちろんであるが、執行吏の保管の性質が上記のようなものである以上、債務者が仮処分命令の趣旨に違反し、目的不動産の現状を変更したとしても、仮処分命令の執行が継続中であることを理由に執行吏が(執行機関としての身分を併有するとしても)債務者の退去を強制し得るものと解することはとうていできず、また、右保管人である執行吏の占有が、かりに訴訟法上認められたもので民法上の占有とその性質が異るものであるとしても、当然に実力で債務者の退去を強制することができるとする根拠もない。

なお、上記仮処分命令が債務者である柏熊恒及び金仁玉に対し本件建物の使用を許したのは、右債務者両名が本件建物の現状を変更しないことを条件としたものであるから、債務者両名が右条件に反して本件建物の現状を変更した場合には、上記仮処分命令は、本件建物の使用を許さず、執行吏に債務者を本件建物から退去させてその占有を取り上げるとの執行を授権しているとの説もある。しかしながら、上記仮処分命令は、本来上記のように、本件建物の敷地の明渡請求権保全のためになされるものであるから、その仮処分命令の趣旨もその目的に適合するように解し、その目的を達する必要以上に解してはならないのはもちろんである。従つて、現状の変更を許さないとの趣旨も、この趣旨によつて解釈すれば、本件建物の同一性が認められない程度に変更された場合には、勝訴判決を得ても強制執行が不能または困難になるおそれがあるが、その家屋の内部の一部が変更される程度で、同一性において変更が認められないような場合には、強制執行についてはかく別の支障がないものであるから、上記仮処分命令にいう現状変更には該当しないと解するを相当とする。

上記仮処分命令の文言のみによれば、債務者が本件建物の現状を変更した場合には、使用を許さない趣旨と読むことができるようである。しかしながら、上記仮処分命令は本件建物の占有状態の現状を維持し、土地明渡請求権を保全することを目的としてなされたものであるから、債務者両名に本件建物の占有を取り上げて、使用を許さないとのいわゆる断行的仮処分とは、その性質を異にするものであると解さなければならない。実務の取扱においても、この種仮処分は現状不変更を目的とするものであるから、比較的緩かな疏明及び低額の保証金をもつて許されるのが普通であるが、いわゆる断行的仮処分命令はその必要性と疏明が十分である場合で、しかも相当十分な保証金を立てることを条件として許容されていることは、当裁判所に顕著なところである。従つて、上記のように、債務者が現状を変更した場合には明渡しないし引渡しの断行ができる趣旨の命令をも当然に含めてなされたものであると解することは、字句の末のみにとらわれた無理な推論であるといわなければならない。

上記仮処分命令が目的不動産の占有を一応執行吏の保管に移し、債務者に対しその現状を変更しないことを条件として使用を許した趣旨は、債務者に使用を許すときは現状を変更し、仮処分の目的を達成するに困難を生ずるおそれがあるから、右のような条件を付したもので、執行吏保管のままで使用を許すが、その反面において債務者に対し現状を変更してはならない旨の不作為義務を課したものと解するを相当とする。従つて、そのためには執行吏は上記のような目的不動産の管理の方法として、適時目的物を点検することができるし、仮処分の当初の執行または点検に際しては債務者に対し、現状を変更しないように諭告し、現状を変更するおそれがあると認めるときは、事前にこれを抑止し、また、すでに現状が変更されたと認めるときは、あらたに作り出された状態を除却してこれを旧に復し、さらに債務者に対し将来に亘つて違反のないよう警告する等のことはこれをなし得る。しかしながら、この場合の執行吏の性格は上段に説明したように保管人に過ぎず、また右記のように、家屋の現状変更が同一性を害するかどうかの判断はそう容易ではないから、右のような性格を有する執行吏のみにその判断を委せるのは適当ではない。

従つて、抗告人主張のように、執行吏がその自らの判断で実力をもつて債務者の右家屋の占有を奪うことのできる権限を当然有するとか、あるいは、また、右仮処分命令が当然に執行吏に右のような権限を与えているとか解することはできない。債務者が上記不作為義務に違反し目的不動産の同一性を破壊するように現状を変更し、または変更する、おそれがあり、建物収去及び建物退去上地明渡請求権保全の必要上、債務者に対し明渡又は退去のいわゆる断行の仮処分を求める必要のあるときは、債権者は民法第四百十四条第三項、民事訴訟法第七百三十三条により将来のための適当な処分として、裁判所の授権決定を得たうえ、右明渡ないし退去を強制すべきものと解するを相当とする。

してみれば、執行吏が本件建物について現状を変更したと判断したことについても疑問はあるが、それはしばらくおくとしても、いわゆる点検執行の名のもとに、実力で債務者金仁玉の本件建物に対する占有を解いて退去せしめた執行は、いずれにしても違法であるから、右執行処分は許されないものといわなければならない。よつて右と同趣旨の原決定は正当であつて、これを違法とする抗告人の主張は採用することができない。

なお、抗告人は本件仮処分命令の債務者である柏熊恒及び金仁玉の行為の不当であることを論難し、執行方法に対する異議申立が理由のないことを主張しているが、右は原決定を違法とする理由にはならないから、右主張もこれを排斥する。

よつて本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させて主文のとおり決定する。

昭和三十七年一月二十日

東京高等裁判所第八民事部

裁判長裁判官 村 松 俊 夫

裁判官 伊 藤 顕 信

裁判官 杉 山  孝

抗告理由書及び抗告理由補充書(省略)

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